理由がなくてはダメですか?~純粋な衝動に従う~

  • 2016.1.24
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「その理由を聞かせて下さい」
「なぜ、そう思うのですか?」

幼い頃、こんな質問を思い付いただろうか?

無邪気に共に過ごす友達に問いかけていただろうか?

いつからか「理由」を重要視するようになった。

理由がないと安心できなくなった。
理由がないと価値がないと感じるようになった。

ただ、楽しい
ただ、やりたい
ただ、今なのだ

そんな純粋で無邪気な衝動は
子供から大人に向かうプロセスで排除されていった。

排除されていったことにも気づいていないほど
あまりに当たり前に私の中からなくなっていた。

昨年末にある講演会で「学校に通わない10才の天才少年」に出会った。

自分が興味を持って学びたいと思う勉強の時間以外は、ほとんどPCでゲーム(シムシティ)をやっているという。

お風呂や寝床にもPCを持ち込みゲームしながら寝落ちするそうだ。

それをきいた聴講者が「ゲームの何が楽しいですか?」と質問した。
私も同じことが気になりワクワクしながら回答を待った。

が、その少年は
「楽しいから楽しいんです。それじゃあダメですか?」と質問を返した。

それを聞いた時私の脳はグラグラした。

「何が楽しいのか、それを聞いてどうしようと思っていたのだ、私は?」
「楽しいだけではダメだと思っていたのか、私は?」

無意識に自分を縛っている「何か」をハッキリと感じショックを受けた。

随分と自由に生きられるようになったつもりだった。
自由に生きているつもりだった。

それが10才の少年の一言で、まだまだガンジガラメの自分に気が付いた。

私の中で「もっと純粋にこの命を楽しみたい」という猛烈な欲求が湧いた。

私には5才の娘と2才の息子がいる。
子供たちをみていると自由だ。

生きていることをそのまんま楽しんでいる。
自分でいることをそのまんま楽しんでいる。

「そんなんじゃダメでしょ」
「●●も出来ないなんてダメでしょ」

イライラした時に口をついて出る言葉は
自分が言われた言葉、自分が自分に言い続けた言葉

もう自由に解き放とう。

この尊い命を、尊い命の時間を
私というちっぽけで偉大で愛すべき自分のために思いっきり使おう。

今日も命をありがとう。

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